はじめに
皆さんは「情報の非対称性」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。
医療経済学の世界ではよく使われる言葉ですが、医師と患者さんとの関係を表す重要な言葉になります。
簡単に説明すると「医師が保有する情報量と患者さんが保有する情報量は異なる」という意味ですが、これはどのような問題を引き起こすのでしょうか。
今回のコラムでは、医師のAさんと患者さん(医療従事者ではない)のBさんに登場していただきましょう。
保有する情報量の差
まず保有する情報量についてですが、Aさんは当然ながら専門教育や研修を受けているため医療に関する知識を多く保有しています。一方、Bさんは専門教育や研修を受けていないため、医療に関する知識はAさんと比べてかなり少なくなっています。このため、Bさんの視点ではAさんの説明することが全て正しいように見えてしまいます。
以下にAさんとBさんのやり取りを示します。
Aさん「こんにちは。今日はどうされましたか?」
Bさん「少しお腹が痛くて、なかなか治らないんです」
Aさん「いつ頃から痛みを感じ始めましたか?」
…
Aさん「では、お薬を出しておきますね」
Bさん「わかりました」
Aさん「今回はいつもより多めに出しておきますね」
Bさん「はい」
Aさん「一応念のため、○○の検査もやっちゃいましょうか」
Bさん「あ、はい」
情報の非対称性が引き起こす問題点
上記のやり取りを参考にすると、Aさんが提供する医療サービス(薬の種類や量、検査の必要性)が正しく提供されているのかどうかをBさんは確認することはできません。このため、BさんはAさんの説明することを全て受け入れてしまいました。このように保有する情報量の差が生まれると、Aさんは過剰な医療サービスをBさんに提供することが可能になってしまい、医師が患者さんの需要を誘発してしまうという「医師誘発需要仮説」という問題が生じてしまいます。
このような問題が起こってしまうと、本来発生するはずのない医療費が発生し、患者さんにも不安を抱かせることになりかねません。このため、医師は適切な説明を患者さんに行わなければならない旨が医療法に定められており、患者さんに理解してもらえるよう努めなければなりません。
まとめ
ここまで、保有する情報量とその問題点について述べていきましたが、医療サービスを提供する中では「患者さんは専門家ではない」ことを常に意識しなければなりません。
経営的には需要が増えることは良いこととされますが、原則として医療機関は営利目的で経営してはならないことを忘れてはなりません。
適切な医療サービスを提供し、患者さんに安心して利用してもらえるよう心掛けることが何よりも大切であり、これが医療機関の存在意義を達成させます。
ただし、医療機関を存続させる努力も必要ではあるため、「数字」と「現場」の両者を良好な状態にできるよう歩んで参りましょう。